セックス交渉に必要な残酷な言葉

色々な事を語ってはきたのだが、最終的に一番大事な事は何かを伝えたいと思う。
今まで私が思った事や言ってきた事はどれも大事な事なのだが、
それ以上に本当にセックスを交渉する上で大事な事は、「愛」なのである。
それが偽りでもいいのだ。

「愛」があるかないかでセックスへの執着心は大きく変わってくる。
偽りでもいいと言ったが、偽る事に罪はない。
偽る事で相手に幸せを与えているのなら、それはそれで真実の「愛」になるからだ。
交渉術の中で「惚れさせる」と何度か言ったかもしれないが、
それはきっと「愛」の形の一つなのだと私は思う。

置き換えるとすれば「愛」は「セックス」なのだ。
セックスする事で人は愛を感じ、必要とされてると認識する。

女は特にそうだ。
体にある穴を埋める為に、男の凸を求める。
男は自分の凸を収めるために女の穴を求める。
お互いがお互いを必要とし、そして寂しさや苦しさを埋めあうのだ。
セックスは愛の形でもあり、そして人と人が共鳴し合う大切な行為なのだ。
だからこそ、日常の中に組み込まれていなくてはならない。
だからこそ、人は体を求め合い、体で寂しさを紛らわすのだ。

セックスがしたい女は寂しがりな女が多い。
快楽主義者だというだけではない。
単純にセックスが好きなだけで簡単に体を許すわけではないと私は思っている。
自分は必要とされている。
そう思わせる事、感じさせる事が「愛」を植えつける最初のターニングポイントになるのだ。

寂しがりな女。
こういう女こそきっとセックスの交渉実がドツボにはまる女なのだと私は思う。
セックスをしたいと思われる事以外に自分を必要としてくれる気がしない。
そんな女には、まるで恋人のような接し方をしてあげよう。
セックスをするまでにそう時間はかからないだろう。
非常識でも、ビッチでも、不謹慎でもなにでもない。
これがその女にとって必要な事であり、そして救うための手段なのだ。
利用するわけでもない。
ただ本人が求めてる事に気付いてあげただけの事。

「愛」という言葉に対して人がどう思うのかは分からないが、私は「愛」に対してはこう思う。
好きだと言う事よりも重く、そして好きだと思う事よりも残酷な言葉。
好きだと言って付き合うわけでもなく、好きだと思って体を重ねるわけでもない。
綺麗な言葉のようでいて、ただただ儚く悲しい空しいだけの言葉。
優しさよりも残酷なこの「愛」という言葉を、貴方はこれから先使っていけるのか。
セックス交渉術…またいつかの機会に。